武田医学賞
2022年度の受賞者
The Takeda Prize for Medical Science 2022
畠山 昌則 博士
微生物化学研究所 特任部長
バクテリア由来分子による発がんシグナル伝達系に関する研究
ウイルスとは異なり、「ヒトにがんを引き起こす細菌は存在するのか?」という一見単純な問いは予想外の難問として21世紀に至るまで残り続けた。この問題に解決の糸口を与えたのが、胃に慢性感染するヘリコバクター・ピロリの発見である。畠山昌則博士は、ピロリ菌がミクロの細菌注射針を用いて機能不明の細菌タンパクCagAを胃上皮細胞内に直接注入するという現象に着目し、細胞内に侵入したCagAが発がん性ホスファターゼSHP2を異常活性化することを明らかにした。さらに、全世界で胃がんが最多発する東アジアに特異的なピロリ菌CagAは、欧米型CagAに比べて圧倒的に強いSHP2脱制御能を示すことを突き止めた。SHP2に加え、畠山博士はCagAと結合した極性制御キナーゼPAR1bがBRCA1がん抑制分子を不活化することを見出し、CagA注入胃上皮細胞ではBRCAnessに伴う遺伝子変異の蓄積と遺伝子変異細胞クローンの増殖・拡大を介して、胃がん(前駆)細胞が誕生する機序を明らかした。畠山博士の独創的な研究は、細菌によるユニークな発がん機構を明らかにするとともに、ピロリ菌除菌による胃がん撲滅に大きく貢献するものである。
学歴・職歴
- 1981年 3月
- 北海道大学医学部 卒業
- 1981年 5月
- 医籍登録(第259416号)
- 1981年 5月
- 北海道大学医学部附属病院 内科研修医
- 1982年 4月
- 北海道大学大学院医学研究科博士課程内科専攻 入学
- 1986年 3月
-
北海道大学大学院医学研究科博士課程 終了
医学博士取得 - 1986年 4月
- 大阪大学 細胞工学センター遺伝子情報研究部門 助手
- 1991年 5月
-
マサチューセッツ工科大学ホワイトヘッド生物医学研究所
博士研究員 - 1995年 1月
- 財団法人癌研究会癌研究所ウイルス腫瘍部 部長
- 1999年10月
- 北海道大学免疫科学研究所化学部門 教授
- 2000年 4月
- 北海道大学遺伝子病制御研究所分子腫瘍分野 教授
- 2009年 7月
- 東京大学大学院医学系研究科微生物学分野 教授
- 2015年 1月
-
東京大学/Max-Planck研究所統合炎症学研究センター
副センター長 (兼任) - 2022年 3月
-
東京大学定年退職
東京大学名誉教授(7月) - 2022年 4月
-
公益財団法人微生物化学研究会微生物化学研究所
第3生物活性研究部 特任部長
同研究所沼津支所 支所長 - 2022年 4月
- 北海道大学遺伝子病制御研究所 特任教授 (兼任)
- 2022年 6月
- 公益財団法人微生物化学研究会 理事
受賞歴
- 1991年 10月
- 日本癌学会奨励賞
- 2006年 9月
- JCA-Mauvernay Award
- 2011年 12月
- 佐川特別賞 (現 SGH特別賞)
- 2014年 11月
- 日本医師会医学賞
- 2016年 11月
- 野口英世記念医学賞
- 2019年 10月
- 吉田富三賞
- 2019年 5月
- 紫綬褒章
- 2022年 1月
- 高松宮妃癌研究基金学術賞
岡部 繁男 博士
東京大学 教授
イメージングによる神経回路動態の解明
脳は多様な情報処理を司る器官であり、その機能は脳内に形成される神経回路における興奮の伝達によって実現されている。岡部繁男博士は、新しいイメージング技術を開発することで、神経回路の形成に必須の構造である軸索とシナプスの動的な性質について従来の定説を覆す新しいモデルを提案した。まず神経細胞が発達させる軸索構造を機械的に支持する細胞骨格について、ライブイメージングを活用した実験により、軸索局所での細胞骨格の重合・脱重合過程が軸索伸長の基盤となることを示した。さらに岡部博士は、神経細胞同士の情報伝達の要であるシナプスの形成過程を、シナプスに集積するPSD-95などの足場蛋白質を可視化プローブとして用いて追跡し、シナプスが高度に安定化された構造であるというそれまでの定説を覆して、シナプスが数時間で形成・除去される動的な構造であること、この動的な性質を支える分子メカニズムを明らかにした。このように、岡部博士は脳内での神経回路発達を解析するための先端的なイメージング技術を多数開発し、細胞内構造が動的に置換することが回路発達に必須であることを明確に示すことで神経科学研究の発展に多大な貢献をした。
学歴・職歴
- 1986年3月
- 東京大学医学部医学科 卒業
- 1986年5月
- 医師免許(第297673) 取得
- 1986年4月
- 東京大学大学院医学系研究科 入学
- 1988年8月
- 東京大学大学院医学系研究科 退学
- 1988年9月
- 東京大学医学部解剖学教室 助手
- 1992年10月
- 博士(医学)取得(東京大学)
- 1993年5月
- 米国国立保健研究所(National Institutes of Health)客員研究員
- 1996年6月
- 通商産業省 工業技術院 生命工学工業技術研究所 主任研究官
- 1999年4月
- 東京医科歯科大学医学部解剖学教室 教授
- 2004年4月
- 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科細胞生物学分野 教授
- 2007年9月
- 東京大学大学院医学系研究科神経細胞生物学分野 教授
- 2018年4月
- 理化学研究所脳神経科学研究センター 脳神経医科学連携部門長(兼任)
- 2021年4月
- 東京大学大学院医学系研究科 研究科長・医学部長
受賞歴
- 1995年4月
- 日本解剖学会奨励賞
- 2005年3月
- 塚原仲晃記念賞
- 2010年5月
- 日本顕微鏡学会学会賞(瀬藤賞)
- 2021年3月
- 内藤記念科学振興賞
竹田 潔 博士
大阪大学 教授
腸管恒常性を維持する分子基盤の解明
腸管組織には、微生物の侵入を異物として感知し排除する免疫細胞が多数存在しているが、健康人においてこれらの免疫細胞は、腸管に生息している膨大な数の腸内細菌を異物として認識せず、共生関係を構築している。炎症性腸疾患は、このバランスが崩れることにより発症する。しかし、腸管組織の免疫細胞が腸内細菌に反応しない分子機構はこれまでよく理解されていなかった。竹田潔博士は、大腸の上皮組織に特異的に発現するLypd8に着目し、本分子が運動性の高い腸内細菌の鞭毛と結合し、その運動性を弱めることにより、宿主細胞への侵入を抑制し、腸管腔という体外にとどめていることを明らかにした。さらに、炎症性腸疾患の患者ではLypd8の発現が激減していることを証明し、Lypd8が腸内細菌と宿主細胞を分け隔てることにより腸管恒常性を維持する重要な分子であることを示した。竹田博士はまた、宿主細胞と接することなく腸管腔に生息している腸内細菌が、宿主細胞に作用し腸管恒常性を維持する分子機構として、ATP、乳酸、ピルビン酸など従来宿主細胞内で産生され機能するとして知られていた分子が、腸管腔内で腸内細菌依存性に産生され、宿主細胞に作用し、腸管恒常性維持に重要な役割を果たしていることも明らかにした。これらの成果は、腸管の恒常性を維持する分子機構を明らかにしたものとして国際的にも極めて高い評価を受けている。
学歴・職歴
- 1992年3月
- 大阪大学医学部卒業
- 1992年5月
- 医籍登録(第350383号)
- 1992年6月
- 大阪大学医学部附属病院第3内科・研修医
- 1993年6月
- 公立学校共済組合近畿中央病院内科
- 1994年4月
- 大阪大学大学院医学研究科(第三内科)入学
- 1998年3月
- 大阪大学大学院医学研究科修了・医学博士学位受領
- 1998年4月
- 兵庫医科大学生化学講座 助手
- 1999年4月
- 大阪大学微生物病研究所 助手
- 2003年12月
- 九州大学生体防御医学研究所 教授
- 2007年4月
~現在 - 大阪大学大学院医学系研究科 教授
- 2007年11月
~現在 - 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 教授
- 2019年7月
~現在 - 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 拠点長
受賞歴
- 2004年
- 日本免疫学会賞
- 2009年
- 日本学術振興会賞
- 2016年
- 大阪科学賞
- 2016年
- ベルツ賞
- 2019年
- 持田記念学術賞